ホテルナガシマのチェックインは午後2時だ。フロントでチェックインまで荷物を預ってもらう。フロントでは、なばなの里や、遊園地のナガシマスパーランド、温泉施設の湯あみの島などを無料で使えるパスポートや食事券といったものを渡してくれた。
なばなの里への送迎バスも出ている。しかし、時間に制約のない自家用車で行くことにした。
実は、なばなの里には約4年前の2011年11月に来ている。この時は日帰りの観光バスツアーでイルミネーションを見に来た。この時は東京の通勤電車に乗るように、人の流れに逆らうことができない位に混んでいた。
毎年イルミネーションは花の咲かない寒い時期に開催されている。しかし、なぜか今年は、イルミネーションの期間が5月10日まで延長されいた。お陰で花とイルミネーションの両方とも楽しむことができた。
花の咲く園内を散策し、温室のベゴニアガーデンで世界のベコニアや、バラ園で咲き始めたバラを楽しんでカメラに収めた。
なばなの里のレストランで昼食にした後、湯あみの島で温泉に浸かってホテルのチェックインまでの時間を過ごした。(つづく)
フクシア
ブルーエルフィン
オダマキ
アネモネ
アルテッシモ(バラ)
金森
養老の滝の駐車場でナビに目的地のホテルをセットして、もときた細い道をナビの指示通りに車を走らせた。
この辺は岐阜県と愛知県、三重県の県境が入り組んでいようで、ナビに表示される住所が細かく入れ替わる。目的地のホテルは三重県桑名市にある。
桑名市に入って、揖斐川、長良川、木曽川という大きな川が並行に流れ、川と川の間は三角州のようでもある。その三本の川を串刺しにするように橋が掛かっている場所に来た。
その橋を渡り長良川と木曽川の間に来た所で、ナビの案内で橋を横道に反れて下った。しばらくすると「ゆ」のマークの看板が見えてきた。ナビはその方向へと導き、目的地に到着したことを知らせた。
「着いたよ」と言ったところ、妻は目をパチクリさせて、「ここじゃない」と言う。ホテルは妻が予約してくれていた。大きなホテルが三軒並んでいて、その内の一軒だという。確かに他にホテルはない。ジェットコースターや観覧車などがある遊園地も見当たらない。アウトレットは何処にあるんだと怒り始めた。スーパー銭湯のような佇まいの建物しかない。
ホテル長島
どうも目的地を「ホテル長島」としたのがまずかったようだ。
ナビに「ホテルナガシマ」とセットし直した。幸いにも「ホテル長島」は「ホテルナガシマ」への途中にあるホテルだった。とんでもない場所になかったのが不幸中の幸いだった。
妻には「どこに連れてきたんだ」と痛く怒られた。楽しみにしていたホテルとの落差の大きさに何が起きたか理解できず呆然としていた。かなりショックだったんだと思う。これから先、何かにつけて今回の失態のことを言われそうだ。
二車線の広い道に出て少し走って8時になる頃、反対車線の道路脇にあったセブンイレブンの駐車場に車を止めた。朝ドラの「まれ」を見てホテルナガシマに向かった。ホテルの駐車場に着いた時、車の時計は8時半を少し回っていた。(つづく)
ホテルナガシマ
金森
今朝、兼六園近くに入院していた義母が、やはり兼六園に近い病院に転院した。
病院から指定された時間に病室に行く。点滴の管は抜かれて、荷物もまとめられていた。病室に入ってしばらくすると、介護クタシーの運転手さんがストレッチャーを引いて病室に来た。お世話になっていたソーシャルワーカーさんが手配してくれていた。受け入れ先の病院とも打ち合わせてあるとのことだった。
10分ただずに転院先の病院に着く。病院が変われば、いろいろとやりかたも違う。紹介状があるものの、先ずは外来として診察。その後、病室が決められ入院となる。診察の間に入院についての説明と手続きをする。
案内された病室では、タオルとか下着とか荷物のチェックをしてもらいながら、もろもろの注意事項を聞く。いろんな手続を終え病院を出たのは12時を回っていた。
義母を我が家で介護し始めてからそろそろ10年になる。父を介護して10年、時を移さず義母を介護し始めた。親の介護を始めて20年になる。父の介護の経験が活かされているとはいうものの、やはり20年は長いと思う。しかし、あっと言う間というのが実感だ。
義母にとっては最後の施設になるだろう。これからは妻と週に一度はこの病院に通うことになる。
金森
午前3時、枕元の目覚ましの音で目を覚ます。
そそくさと顔を洗って、荷物をまとめて車に乗る。午前4時までに高速道に乗ると料金が3割引きになる。結構これは大きい。
目的地の三重桑名のホテルナガシマへ向けて、ギリギリ4時五分前に美川ICで北陸道に入ることができた。
この時間帯の北陸道には乗用車は殆ど走っていない。主に走っているのはトラックだ。そのトラックも多くは途中のPAやSAに止まって仮眠をとっている。
南条SAで、持参してきたカップ麺で早い朝食。米原ジャンクションで名神高速道路に入り関が原ICで降りる。後は国道365号を南下して桑名へ向けて走ればいい。
しかし、このまま走れば8時前にはホテルに着いてしまう。途中にある神社仏閣を見学しなからとも思ったが、朝早くから見学させてくれる所もない。そんなわけで、途中にある養老の滝に行くことにした。居酒屋「養老乃瀧」で有名な「養老の滝」だ。
ナビの案内で養老公園に着いた。「養老の滝はこちら」という小さな看板を信じて車を走らせる。対向車が来ればすれ違うことは無理といった細い道を進む。登り切ったところに有料駐車場があった。この駐車場に車を止めて「養老の滝」に行くようである。ただ、料金所には誰もいなかった。
清々しい朝日の中で落ちる滝の音が胸に響く。しばし滝に魅せられた後、駐車場に戻った。料金所には誰も居なかった。出勤には時間が早すぎたようだ。さしずめ、私にとっては「早起きは三文の得」といったところだ。(つづく)
金森
北陸新幹線金沢開業で、このゴールデンウイークは金沢の街は混雑すると予想されていた。混雑する街中には近寄らない方が賢いと思っていた。しかし、ミーハーとでもいうか、怖いもの見たさとでも云うか、混雑具合をこの目で見ておこうと思い街中を歩いてみた。
近江町市場は人があふれていた。正月準備の年暮より混雑してたかも知れない。でも、魚やカニを食べてる人は多かったけど、買っている人はあまり居なかったように思う。魚屋さんに取ってみれば、痛し痒しといったところだろう。
多分、富山の観光地も賑わっていたのではないだろうか。
街に活気があるというのはいいものだ。
ちなみに、東京で働いている長男、長女も新幹線で帰省していた。ただ、友達と会うのが忙しく殆ど家には居なかった。
近江町市場
ひがし茶屋街
霞が池と徽軫灯籠 兼六園
鼓門 金沢駅
あんと 金沢百番街 人があふれていた 金沢駅
金森
4月のはじめに、軽井沢の知人に、安くプレーできるからと、東京からの知人も合流してのゴルフに誘われた。
軽井沢の知人の別荘に行くときは、妻は東京の友人を誘う。私は知人の別荘に泊めてもらい近くの寿司屋とか焼肉屋で旧交を温める。妻はゴルフはやらないが、友人とホテルとかペンションに泊まって旧交を温める。
今回は妻の友人の都合がつかないとのことで、私一人が軽井沢に行った。一人なら新幹線で来てはどうかと言われ、金沢から軽井沢を新幹線を利用した。
確かに車で行くよりもかなり早く、身体も楽だった。しかし何かと高くついた。次回はやっぱり軽自動車で行こうと思っている。
そういえば、乗った電車は鈍行の「はくたか」だったのだが、長野県に入ると「飯山」「長野」「上田」「佐久平」「軽井沢」と停車した。平日にもかかわらず(平日だからかも知れないが)富山県内の各駅での乗降客に較べて、そこそこの人が乗り降りしていた。少し意外だった。
長野駅で
金森
義母は兼六園近くの病院に入院している。お世話になっていた野々市にあるグループホームからこの病院に移った。病状が回復したのでグループホームへ戻るといった話も進んでいた。しかし、認知症で食事の取り方(スプーンの使い方などなど)も分からなくなっていることからグループホームで生活するのは無理と判断されて、今の病院にお世話になっている。
今では絶飲食となり、首筋から高カロリー輸液を点滴しているが、病状は落ち着いている。そろそろ入院して三ヶ月になる。
そんな折、病院から転院を促されている。入院加療の目安は三ヶ月と国から指導されているそうである。
そんなわけで、今入院している病院のソーシャルワーカーから転院先の病院の紹介を受けながら、義母の転院先を探している。今日も紹介された病院に行って話を聞いてきた。明日も次の病院を訪問する。多分、多少待つことになるだろうけど、そう遠くない時期にいずれかの病院に転院できるだろうと思う。
妻と病院を回りながら「わたし達が義母と同じような状態になった時、受け入れてくれる病院なり施設はあるだろうか。新自由主義アベノミクスでかなり悲惨な状況になっているのではないだろうか」と、どちらからともなくボソリとつぶやいていた。
金森
4/4例会の案内があった時、そんな思いでいっぱいになった。富山を離れて40年余り、この季節に富山を訪れたことは一度もなかった。金森さんに出席したい旨メールして、一週間位前から天気予報を気にかけていたが、例会の二日前まで雨の予報、運の悪さを嘆いていた。
ところが、前日になって天気予報が"曇り時々晴れ"と変わった。神様が私にご褒美を下さったと思った。
当日、サンダーバードと出来立ての北陸新幹線を乗り継いで富山に着いたのは11時少し前、駅に隣接するホテルに荷物を預け、松川べりに向かって歩いて行くとチンドン、チンドンと聞き覚えのある懐かしい音が聞こえてきた。チンドンコンクールの音だった。40年ぶりに訪れた春の富山で、満開の桜とチンドンコンクールに出会えた。"ツイテル"そう思って嬉しくなった。
例会に参加しようと思った時、実は少しだけ不安があった。神戸から唐突に参加してきた私が皆さんの中に溶け込めるのか。ひとり浮いてしまったらどうしようとか。
でも、そんな心配は全く無用だった。私は一瞬で皆さんの中に溶け込んでいた。
とりとめのない話の数々、おいしいフレンチ、新しい西町の街並み、美しく整備された富山城址公園、満開の桜、チンドン屋さんやたくさんの屋台、二次会での富山の海の幸とお酒、そして皆さんの温かい笑顔・・・忘れることのない思い出をいくつも持って神戸に帰ってきた。
富山東高校5回生でよかった。感謝。
辰己多香子
平成25年度税制改正に関する法律「所得税法等の一部を改正する法律」が平成25年3月29日に、国会(第183回)で可決・成立していた。
この改正の大義名分は、「相続税の格差是正、富の再分配機能強化の観点から、基礎控除を引き下け、税率構造等の大幅な見直し」だった。
そして、今年平成27年1月1日に施行されている。
まずは、どう改正されたかを見てみよう。
相続税の基礎控除 (相法15条)
改定後の相続の基礎控除額が改正前の6割となっている。基礎控除とは基礎控除額までの相続はは無税ということだ。
この改正で、被相続人が地価の高い都市部に自宅を所有しているだけでも、改正後の基礎控除額を超えてしまい、課税対象者となる場合などが想定されることになる。
| 改正前 | 改正後 |
定額控除 |
5000万円 |
3000万円 |
法定相続人比例控除 |
1000万円×法定相続人の数 |
600万円×法定相続人の数 |
相続税の税率構造 (相法16条)
高額の遺産取得者を中心に相続税の負担を求める観点から、税率区分が6段階から8段階に変更され、6億円超の部分については最高税率が50%から55%に引き上げられ、また、1億円超3億円以下の部分で40%とされていた税率は、2億円超3億円以下の部分については45%に引き上げが行われることになる。
| 改正前 | 改正後 |
法定相続分に応じる取得金額 | 税率 | 控除額 | 税率 | 控除額 |
1000万円以下 |
10% |
ー |
10% |
ー |
1000万円超から3000万円以下 |
15% |
50万円 |
15% |
50万円 |
3000万円超から5000万円以下 |
20% |
200万円 |
20% |
200万円 |
5000万円超から1億円以下 |
30% |
700万円 |
30% |
700万円 |
1億円超から2億円以下 |
40% |
1700万円 |
40% |
1700万円 |
2億円超から3億円以下 |
40% |
1700万円 |
45% |
2700万円 |
3億円超から6億円以下 |
50% |
4700万円 |
50% |
4200万円 |
6億円超 |
50% |
4700万円 |
55% |
7200万円 |
ひと言でいうとすれば、相続でより多くの税金を徴収する、増税と言うことだ。
この改正で、親からの相続で、多額の借金を抱え込んだり、今住んでいるいる家から出て行かざるを得なくなって、借家住まいといったことになる人も出てくるかも知れない。
あるいは、子どもたちに残した積りの財産で、子どもたちに借金を負わせてしまう結果になる人が増えるかも知れない。
そんなリスクを少し話してみたい。
まず、被相続人から相続するのは、負の財産も相続する。法律用語では「単純承認」というが、負の財産も含め全ての財産を相続するということだ。
もちろん、負の財産を相続しない「相続放棄」といった方法もある。負の財産も含め、全ての財産を放棄するというものだ。今、住んでいる家が被相続人の財産であれば、相続人はその家から出て行くことになる。
法改正前であれば、相続人が妻と子2人の場合、控除額が8千万円であり、あまり気にかからなかったと思う。これが4800万円しか控除されないとなると話が違ってくるだろう。
一方、貯蓄を銀行に預けていても利息が無いに等しいので、将来の為にと株式や株式ファンドなどの金融商品にしている人も多いのではないだろうか。これもまた、相続という面からのリスクがある。
株式など金融商品の価値(金額)は、被相続人が死亡した日だ。もし、死亡した日の次の日にリーマンショックなどが起こり、株式が暴落して相続した株が紙切れとなったとしても、死亡した日の株価で評価され課税の対象となる。
生命保険の受取人が特定されいるは場合は、払い戻し金は相続税の対象にはならない。ただし、「法定相続人」となっている場合は、被相続人の財産とみなされ相続税の対象になる。
ただ、借金などの負の財産を相続人が負担できる範囲で相続するという「限定相続(限定承認)」といった方法もある。この方法で、今住んでいる被相続人の家だけを相続するといった方法もある。
いずれにしても、親からの財産をどう相続すかるかもさることながら、自分の子にどういった形で財産を残すのかを考えておかないといけない歳になってきたようだ。
相続に不安があれば、弁護士、税理士、司法書士、行政書士や税務署などの専門家に相談して、考えて置くのがよさそうだ。
金森
毎回、金森さんが寄稿されている「ごの会」の富山、金沢、京都の紀行文、グルメ情報、また時として、辛口の政治談義楽しく拝読しています。
私が住んでいる東京は昨日桜の開花発表があり、気持ちは春桜モードに入っています。
富山も桜の開花は未だでしょうが、今年は北陸新幹線の開業で、いち早く盛り上がっていることでしょう。
私の知人周辺の方も、私が富山の出身ということで、会うごとにこの北陸新幹線の話題が挨拶代りです。
うれしい限りです。
「ごの会」がきっかけで、T田さんとも25年ぶりに再会できました。
感謝のかぎりです。
また、立野さんの「富山の文学」の出筆も毎回、楽しみにしています。
文学・小説から見た富山を紹介しています。
今まで知らなかった富山の一面知ることができ、新たな富山の良さ、面白さを知ることができます。
彼とは小・中・高校と12年間一緒だったが、彼の多才には驚かされています。
彼の出版物も拝読しています。
さて、4/4の「ごの会」の例会、同期の皆様とお会いするのを楽しみにしていましたが、私が今2000世帯の自治会長を拝命しており、この時期は近隣の小・中学校4校の卒業式、入学式に来賓として出席しなければなりません。
よって、今回は、欠席となります。次回お会いすることを楽しみにしています。
皆様方のご健勝と「ごの会」の例会のご盛会を祈念しております。
竹沢