安倍GDPがまたも民主党に惨敗...アベノミクスとは何だったのか?
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6月1日、消費税増税の再延期を正式表明した安倍総理。アベノミクスは巧く行っているとしつつも、「新しい判断」による再延期であると強調しました。メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではこの会見で総理が口にした数々の「アベノミクス成功の証」ともいうべきデータを「統計操作の幼稚なトリック」と一刀両断、さらに「アベノミクスは錯乱状態に入った」とまで言い切っています。
錯乱状態に入ったアベノミクス──安倍6月1日記者会見を精査する
スタートから3年を経たアベノミクスが巧く行っているのであれば、公約通り17年4月に消費税の10%への増税を断行すればいいのである。それを断行できないということは、アベノミクスは巧く行かず失敗に終わったという以外の何も意味しておらず、それは致命的な公約違反であるから、安倍晋三首相は国民に対して謝罪して内閣総辞職しなければならない。
ところが、何が何でも政権にしがみつきたい安倍は、アベノミクスは巧く行っているけれども消費増税は先延ばししなければならないのは何故かについて、ありとあらゆる詭弁を弄して、日本国民を騙そうとするならまだしも、サミットの場で世界主要国の首脳まで罠に掛けて自己正当化の道具に利用しようとする前代未聞の奇異な行動に出た。
首脳たちは、安倍の仕業に驚きながらも、外交的儀礼の範囲内で彼の主張に異議を唱えるにとどまったが、主要国のメディアは揃って、遠慮会釈もなく安倍の錯乱ぶりを批判するという、国辱的な事態が出現した。奇妙なのは日本のメディアで、この大失態を理由に安倍に退陣を迫る論調は湧き起こることはなかった。
有効求人倍率のトリック
安倍がアベノミクスが巧く行っていることの理由の筆頭に挙げるのは雇用と賃金である。6月1日の記者会見で彼はこう言った。
有効求人倍率は24年ぶりの高い水準となっています。それも、都会だけの現象ではありません。就業地別で見れば、北海道から沖縄まで47の都道府県全て1倍を超えました。これは史上初めての出来事であります。1人の求職者に対して1つ以上の仕事があるという状況を創り出すことができたのです。
リーマンショック以来、減少の一途をたどっていた正規雇用は昨年、8年ぶりに増加に転じ、26万人増えました。この春の高校生の就職率は、24年ぶりの高さであります。大学生の就職率は、過去最高となりました。政権交代前から中小企業の倒産も3割減少しています。ここまで倒産が減ったのは、25年ぶりのことであります。
所得アップについても、連合の調査によれば、中小企業も含めて、一昨年、昨年に続き、今年の春も3年連続で、今世紀に入って最も高い水準の賃上げを実現することができました。今世紀に入って最も高い水準であります。それを実現することができたのです。そして、パートの皆さんの賃金も過去最高を記録しています。一部の大企業で働いている方の給料が上がっただけでは、決してありません。パートで働いている皆さんの時給も過去最高となっているのです。どうかここも見ていただきたいと思います。
雇用を創り、そして所得を増やす。まだまだ道半ばではありますが、アベノミクスは順調にその結果を出しています。......
有効求人倍率は、ハローワークで職探しをする人1人当たりに何件の求人があるかを示す数字で、それで結果的にどれだけの人が職を得ることが出来たかの実績とは関係がない。日本はすでに「人口減少社会」に突入し、総人口の減少より速いスピードで生産年齢人口が減少しつつあるので、中長期的・構造的に人手不足になるのは当たり前で、この率の上昇自体はアベノミクスの成果でも何でもない。しかも、近年は正社員の求人が減っているので、正社員の求人だけをみれば0.85倍にとどまっている(16年4月)。
安倍は正社員が増えていると盛んに言うが、2009年以降の各12月末の正規雇用、非正規雇用の変化は次のとおり(総務省「労働力調査」、万人)。
正規雇用 非正規雇用
09 3360 1766
10 3375(+15) 1806(+ 40)
11 3325(-50) 1843(+ 37)
12 3330(+ 5) 1843(+ 0)
13 3283(-47) 1965(+122)
14 3281(- 2) 2003(+ 38)
15 3307(+26) 2015(+ 12)
14年末に比べて15年末に正規雇用が26万人増えているのは事実だが、そこだけ切り取ってアベノミクス成功の証にしようとするのは統計操作の幼稚なトリックで、13年末には47万人、14年末には2万人の減で、アベノミクスが始まる前の12年末と比べれば15年末は23万人の減である。それに対して非正規雇用は一貫して増え続け、12年末と比べて15年末は172万人の増である。
正規と非正規の割合は、80年代にはおおむね80:20、90年代後半から70:30、00年代には60台:30台と傾向的に差が縮まって、15年末には史上最小差の62.1:37.6であるから、そこだけを切り取って「非正規の比率は今世紀始まって以来の最高に達した」と表現することもできるのだが、安倍はそれについては触れないようにしている。
実質賃金の低下で消費も落ち込み
賃上げが「今世紀最高水準」だとか、パートの賃金も「過去最高」だとか言うが、それは名目の話で、厚生労働省の毎月勤労統計調査の「実質賃金指数」で見れば、4年連続でマイナスである。
指数 前年比
10 100.0
11 100.1 +0.1
12 99.2 -0.9
13 98.3 -0.9
14 95.5 -2.8
15 94.6 -0.9
実質賃金が伸びなければ消費が伸びるわけがない。総務省の「家計調査」が示す2人以上世帯の年平均実質消費支出の対前年比(月別は対前年同月比)のアベノミクスが始まって以降の数字はこうである。
13 +1.0
14 -2.9
15 -2.3
16/1 -3.1
/2 +1.2
/3 -5.3
/4 -0.4
消費は低迷を通り越して落ち込んでおり、消費がGDPの半分を占める最重要指標であることを思えば、この数字こそがアベノミクスの大失敗の明証である。
なお中小企業の倒産については、倒産件数と同時に「休廃業・解散件数」を見なければならない。特に個人事業主の高齢化と後継者不在は深刻で、倒産する前に廃業してしてしまうケースが多く、そうであれば倒産にはカウントされない。15年の休廃業・解散件数は2万6,699件で、リーマン・ショック後の09年の2万5,397件を上回っている。中小企業の総数は、12年の385.3万社から14年の380.9万社に4.4万社も減っている。
もう一度、上の安倍発言を見ると、短い文章の中に「24年ぶりの高い水準」「史上初めての出来事」「8年ぶりに増加」「24年ぶりの高さ」「25年ぶりのこと」「今世紀に入って最も高い水準」「過去最高を記録」といった言葉がこれでもかと散りばめられているが、ほとんどテキ屋の口上に等しいものであることが分かる。
なぜ「国民総所得」を持ち出すのか?
この記者会見では安倍はその言葉を使っていないが、彼がしばしば持ち出し、自民党の政権公約でも書かれているアベノミクスの実績に「国民総所得が36兆円増えた」という表現がある。
国民総所得(GNI=Gross National Income)とは、経済規模の大小を計るのに普通使われる国内総生産(GDP=Gross Domestic Production)に企業の海外での活動による収支を加えたもので、20世紀末まで国際的に使われていた国民総生産(GMP=Gross National Production)とほぼ同じものと考えてよい。なぜGNPを復活させたいのかと言うと、海外への投資で高い収益をあげたり、原油価格などの下落で安く資源を輸入できるようになると、その分がGNIに加算されてGDPより経済規模が大きく見えるからである。目眩ましに遭わないように、名目と実質のGDPとGNIの近年の数字(暦年、単位=億円)と対前年度伸び率(%)を掲げるので、じっくりと研究して頂きたい(内閣府国民経済計算より)。
年 名目GDP 名目GNI 実質GDP 実質GNI
08 5012093(-2.3) 5180023(-2.3) 5182309(-1.0) 5182926(-2.6)
09 4711387(-6.0) 4842164(-6.5) 4895884(-5.5) 4973667(-4.0)
10 4826769(+2.4) 4956512(+2.4) 5126548(+4.7) 5151451(+3.6)
11 4715787(-2.3) 4862538(-1.9) 5103259(-0.5) 5083662(-1.3)
12 4753317(+0.8) 4903861(+0.8) 5192168(+1.7) 5161918(+1.5)
13 4790837(+0.8) 4967250(+1.3) 5292611(+1.4) 5239874(+1.5)
14 4868712(+1.6) 5066073(+2.0) 5261149( 0.0) 5231084(-0.2)
15 4992275(+2.5) 5221429(+3.1) 5289700(+0.5) 5361504(+2.5)
総じて、名目でも実質でも、GDPよりもGNIの方がプラスもマイナスも大きく表示されることが分かる。
安倍は13年6月に成長戦略第3弾を発表した時の会見で、「1人当たりの国民総所得を10年間で150万円にする」ことを目標として打ち出したが、これは、GDPすなわち国内経済の拡大だけでは150万円の所得増は達成できそうにないから、海外での稼ぎが大きく膨らむことを計算に入れ込んでゲタを履かせようという魂胆であることは明白。とはいえ、12年の1人当たりGNI=384万円を150万円上積みして534万円まで持って行くには、GNIが年率3.1%で成長させることが必要で、どちらにしても達成は難しい。
ところで、上の表を見て気づくことは、大ざっぱに民主党政権時代と呼んでいい10年から12年の合計成長率と、アベノミクスが始まった13年から15年のそれと、それぞれ3年間を比べると、実質GDPで、民主党時代が5.9%であるのに対し、安倍政権時代は1.9 %にとどまっていることが分かる。
民主党が政権交代を果たしたのはリーマン・ショックのちょうど1年後の09年9月で、すでに始まっていた09年度と翌10年度を通じて15兆円もの歳入欠陥(予定した税収が入って来ない事態)が生じた。誰が政権に就いていようとパニックに陥って不思議はないその危機の中で、しかし同政権は、「コンクリートから人へ」のスローガンの下、無駄な大型公共事業の思い切って削減した分を文教予算に回して(省庁縦割りを超えた予算の再配分は明治以来初めて!)高校授業料無償化や小学校の30人学級化、小中学校校舎の耐震化などを実行した。さらに11年には東日本大震災と福島原発の事故という未曾有の危機に直面したが、それでもなお、12年末に安倍に政権を譲るまでに、それだけの成長を達成している。
それに比べて安倍は、6月1日の会見で自ら述べたように「現時点でリーマンショック級の事態は発生していない」し、「熊本地震を大震災級だと言うつもりもない」という中で、民主党時代の3分の1の成長しか実現していない。
それでいて安倍は、選挙演説で盛んに「アベノミクスは失敗していない。野党が批判するなら対案を出せ」などと叫んでいるが、アベノミクスへの対案を出さなければならないのは、まずもって、安倍である。
世界の中で恥ずかしい国
安倍は6月1日の会見で、こう言った。
中国など新興国の経済が落ち込んでいます。その中で、世界経済において、需要の低迷、また成長の減速が懸念されているわけであります。こうした世界経済のリスクについて、今回、伊勢志摩の地において、日本が議長国として行ったサミットにおいて、この世界経済の状況、リスクについて認識を共有したわけであります。そうした中において、新たな危機に陥ることを回避するため、適時に全ての政策対応を行うことで合意をし、これが首脳宣言に明記されたわけであります。
G7と協力して、日本としても構造改革の加速や財政出動など、あらゆる政策を総動員していかなければなりません。それが正に今回、議長国として首脳宣言を作成する、いわばリーダーシップをとった国の責任でもあろうと思います。正にこういうリスクのある中において、需要が低迷する、成長が減速する、このリスクの中でやるべきことを全てやっていかなければならないという中において、私たちが進めてきた、いわば「三本の矢」の政策を、G7でこの「三本の矢」の政策を進めていく。この認識を共有したわけであります。この認識を共有する中において、この議論を主導した議長国日本としての責任があるだろうと思います。
その中で、先ほど申し上げましたが、政治的な責任、かつて言っていたことと違うではないか。確かにリーマンショック級の出来事は起こっていませんし、大震災も起こっていないのは事実であります。ですから、新しい判断をした以上、国民の声を聞かなければならないわけであります。......
安倍がサミットで世界の首脳に臆面もなく偽計データを示し、終了後の会見で「リーマン・ショック」という言葉を7回も繰り返しつつ「G7で三本の矢の政策を進めていくとの認識を共有した」とまで強弁して失笑を買ったことについては、本誌No.839で論じたので繰り返さない。それにしてはこの6月1日会見で「リーマン・ショック級の出来事は起こっていない」と2度も3度も繰り返したのはどういうことなのか。もはや安倍の思考が支離滅裂に陥っていることが明らかである。
それにしても、彼がここで「日本が議長国として......リーダーシップをとった国の責任」「この議論を主導した議長国日本としての責任」とか繰り返して、自分が世界のリーダーであるかに言挙げしているのは恥ずかしい限りである。
ご存じかどうか、15年の成長率の国際比較で言えば、日本は世界162位で、G7の中では最下位、アジアの中でもインド、中国、韓国などにも大きく遅れをとっている情けない国なのである。
順位 国 15年成長率(%)
111 米国 2.43
116 イギリス 2.25
139 ドイツ 1.45
143 カナダ 1.18
146 フランス 1.14
158 イタリア 0.76
162 日本 0.47
安倍は、口を開けば「中国経済の停滞」に迷惑していると言うけれども、このランキングで言えば、中国は16位で6.9%の成長維持しているのであって、向こうから言わせればほぼゼロ成長の日本からどうこう言われたくないよということだろう。G7の中でも、リーマン・ショック目前だとか騒ぐのであれば、まず自分の成長率をどうにかすればいいじゃないかと冷ややかに見られているに違いない。
安倍がお好きな前出「1人当たり国民総所得」の世界ランキングで見ても、日本は34位で、アジアではカタール、マカオ、シンガポール、クウェート、UAE、香港、ブルネイより下の中程度、G7の中では辛うじてイタリアにブービーメーカーを譲った程度の二流国に属する(14年、国連、米ドル)。
順位 国 15年1人当たりGNI
12 米国 55794
20 カナダ 49376
21 ドイツ 49065
25 イギリス 45614
28 フランス 43645
34 日本 37765
36 イタリア 35802
こうしたデータから見れば、日本はまずは粛々と自らが努力して世界のご迷惑にならないよう努めなければならない立場であるにもかかわらず、「俺がお前らに世界経済がリーマン・ショック目前の危機に瀕していることを教えてやる」とでも言うような偉そうな態度をとった。これはほとんど錯乱状態である。
image by: 首相官邸
『高野孟のTHE JOURNAL』より一部抜粋
著者/高野孟(ジャーナリスト)
早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。
金森