キハ40系・忍者ハットリくんのラッピング車両一台が富山湾沿いにゆっくりと北西に進む。島尾の駅を過ぎ、車窓から浜辺の松林を眺め、海の雄大さに見とれていると、住宅地に入り、縦に細長いマンションの横で電車は停まった。氷見線の終着駅・氷見駅に着いた。
ホームに降りると、吹く風に潮の香がする。爽やかな空気だ。だが、漁業と観光で脚光を浴び、人口約5万5千人の県内でも有数の市の表玄関の駅としては意外に小さい。駅舎はコンビニを2店舗合わせた規模の平屋で外観は淡いクリーム色に綺麗に塗装されている。ホームは、切り欠けホーム(2番線)を持つ1面2線なのだが、実際は改札側の1番線しか使われていなく、1面1線である。また、客車列車が運行されていた頃の名残なのか、終着駅に見られる機関車を付け替えるための機回し線が残っている。魚の積出し用の数本の側線も以前はあったらしいが現在はない。駅構内は、平日の昼下がりのせいか、乗り降りする人が少なく、閑散としている。
委託の駅員が配置されている改札口を通り、駅舎に入る。出札窓口の横に観光案内所があり、真向かいに待合室がある。整然と椅子が並んでいるが、以前は売店があったらしい。現在は飲物の自販機と特産品の陳列棚があり、奥にも陳列窓がある。周辺の壁には氷見を舞台にした映画のポスターが何枚も貼られて、中を覗(のぞ)き込むと、映画「ほしのふるまち」(平成23年)の撮影の際に使われた衣装や小道具、サイン入りのパンプなどが展示されている。主演の中村蒼と山下リオの笑顔がまぶしい。
駅前に出る。駐輪場や便所が傍らにあり、ローカル色の濃い、落ち着いた駅前風情が広がっている。駅横に小さな映画館がある。言い様のないノスタルジアを覚える。氷見は地元出身の藤子不二雄A氏の関係から漫画と縁が深いが、最近はロケ地の関係から映画との結び付きも深まっているようだ。氷見絆国際映画祭が毎年開催され、「ほしのふるまち」以外にも「赤い橋の下にぬるい水」「死にゆく妻との旅路」「万年筆」「夢売る二人」「命」「九転十起の男」、まだあるのだろうが、この地でロケした映画の幾つかが思い浮かぶ。氷見の風景は映画を愛する全国の人達の胸に深く刻み込まれているに違いない。
駅前から415号線に出て、右にしばらく歩くと湊川の橋に着く。その橋の手前を川に沿って曲がると、忍者ハットリ君が現れる「からくり時計」がある。次に左に復興橋を渡り、郵便局を過ぎて少し歩くと藤子不二雄A氏の生家・光禅寺がある。復興橋を渡らず、そのまま川沿いを歩き、田町橋を渡って進むと大銀杏(いちょう)のある立派な寺が目に止まる。光照寺である。芥川賞作家の木崎さと子がこの寺をモデルに「沈める寺」を書き、芸術選奨新人賞を受賞した。寺の坊守の夫人、その息子の愛憎の煩悩(ぼんのう)を信仰と救いの問題を絡ませて描いている。ドビュッシーのピアノ曲で、フランスのブルターニュ地方に伝わるケルト伝説を基にした同名の曲がある。フランスに滞在経験のある木崎は、氷見を訪れてブルターニュ地方に似ていることから題名にしたと言う。氷見はフランスの海岸地方に似ているのだろう。だが、伝説では要(かなめ)の都市は水没するのだが...。そのまま朝日山へ進むと、我が国屈指の大銀杏(いちょう)で有名な上日寺がある。この寺を舞台に杉本苑子は「燐の譜」を書いて文壇にデビューした。氷見は野村尚吾「浮標灯」、横光利一「紋章」にも描かれている。
文化の豊かな土地だ。潮風に乗って到来する新鮮な香を育んで豊潤な文化とし、氷見は発展してきたのだろう。
氷見駅は大正元年に開業。1日の平均乗車人員は800人前後。
氷見駅
立野幸雄
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