韓国旅行二日目、天気は曇り、ホテルからタクシーを使って昌徳宮に着いたのは午前十時少し前であった。昌徳宮の敦化門前には、午前十時から韓国語のツアーが始まるので、韓国人の旅行客が大勢並んでいた。 昌徳宮はツアーでしか見学が許されていない。午前十時になり、韓国語ツアーの参加者が敦化門から入って行ってしまうと、門の前が空いた。私と娘はこの時とばかり記念撮影を始めた。
敦化門は西暦1412年に立てられた韓国に現存する最古の門ということだが、独特の模様がカラフルにペイントされている様子を眺めていると、これから始まる朝鮮王朝の文化に触れるツアーが楽しみでワクワクしてくる。
その時、一人の韓国人男性が近づいて来た。
「写真を撮ってあげます。」
彼は流暢な日本語で話しかけてきた。旅行先でこんな話に乗って、後でお金を要求された話を思い出した。
私はさらっと断ってその場を離れようとした。すると彼は私の心を見透かしたように言った。
「お金取ったりしませんから、折角だから二人で撮ったら記念になりますよ。」
そこまで言われると断りきれず、持っていたデジカメを渡した。私と娘が並んで入った写真を2、3枚撮ると彼は私にデジカメを返しながら、娘の横に行き、彼女の肩に手を回して言った。
「私と娘さん一緒に写真を撮ってください。娘さんとてもきれいです。私、一緒に写真を撮りたい。」
これまでの経緯から嫌とは言えず、迷惑そうな顔の娘と彼をツーショットにしてシャッターを切った。
それにしてもこの男、何を企んでいるのだろう。第一、娘はわざわざ写真に撮りたい程の美人ではない。自分が東京に二年余り住んでいた事など、にこやかに話しかけてくる彼に生返事していると、彼はポケットから、名刺と、布切れとチラシの入った透明の袋を取り出し、私に渡しながら言った。
「日本に帰ったら、写真を送ってください。」
私は笑顔を作りながら、いい加減に返事をした。すると、彼は透明の袋の方を指して言った。
「それはめがね拭きです。私は眼鏡屋さんで、私が社長です。そのチラシは私のお店です。是非、店に来てください。安くしてあげるから。」
な?んだ。めがね屋さんの客引きだったのだ。少しほっとしたが、異国での事、警戒するに越したことはない。ツアーが始まるまでもう少し時間があった。私達はお礼を言ってその場を離れようと歩きかけた。
すると、彼は私達に付いて来て、今日の予定を聞いてきた。私達が北村へ行くつもりだと答えると、案内してあげようときた。ここは曖昧にしているといつまでも付きまとわれそうで、鬱陶しい気がした。
「ありがとう。でも、これを見ながら行ってみます。」
私は夫に買ってもらった旅行雑誌をバッグから取り出して見せた。彼は、少し寂しそうな表情をしながら頷いた。・・・案外、良い人だったのかも知れない。
ツアーが始まろうとしていた。私達は敦化門前に並んだ。敦化門前は、いつの間にか日本人観光客でいっぱいになっていた。時間が来るとガイドが現われ、入場が始まった。
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