私の人生の中で、地元の小学校5年生に総合学習「マイタウン(加賀)を知る」初めての経験(先生)をしました。
わたしは年金暮らしの中、地域との関わり合いを持ちながらすこしでも地域に貢献したという気持ちで6年前に自治会長を引き受けました。今年、こういうようにコロナ渦になるとは、予想もしなかった昨年(2019年10月)に私の人生の中で初めての経験(先生)をしました。
◇
私が自治会長をしている東京都板橋区加賀(2500世帯数)は、江戸時代は加賀藩の広大な下屋敷があった歴史文化的なエリアです。今は大規模マンションが建設され、子育て世代が多い活力ある地域です。帝京大学、東京家政大学、資生堂美容技術専門学校などの文教学園でもあり、石神井川が流れ、緑と自然に恵まれた環境の良い活力のある我が地域の小学校の校長先生から、5年生(3クラス120名くらい)に「総合学習」の一環で、自分たちの住んでいる「マイタウンを知る」という学習があり、そのスタートに当たり、この地域の自治会長をしているわたしに、テーチャ(先生)をやってもらえないかという打診がありました。地域の未来を担う子供のためにということで、即刻快諾しました。しかし快諾したものの、ただ話しているだけでは子供たちもつまらないと思い、そこで、その授業まで一週間もなく「マイタウン(私のまち)」にテーマで、早速題材集めということで、今までの自治会/郷土資料館の写真をあっちこっちから集め、構成/ストーリ性を考えて、パソコンのプレゼン用ソフトの一種である「PowerPoint」に貼り付けました。教材づくりに三日三晩不眠不休状態でした。(女房からどうしてそこまで自治会長のあなたがやらないといけないのかと言われました。たぶん私の体を心配していたのでしょう。)そのおかげで、大作の30枚のプレゼン用「PowerPoint」の教材が見事にできました。(自画自讃)
その「マイタウンを知る」の総合学習の当日のテーチングは子どもたちにも理解しやすく(勝手に私が思っているだけですがー。)、熱心にメモを取っていました。また校長先生はじめ5年生の担任の先生からも感心されました。自治会長さんが御自ら「PowerPoint」の教材を作るなんて驚きましたと。
ということで、45分の授業でしたが、わたしの子どもたちへの期待を込めて、わたしの「加賀」への思いを厚く語りました。次につながる子どもたちに、このマイタウンの学習が今後5年生なりに、「加賀」という街の将来を考える機会になればと思っています。
◇
余談
私のテーチングが始まる前に、5年生の子どもたちに「私を知っている人、手を挙げて」と聞きましたら、120人の子どもたちのうち、6~7割の子どもたちが手を挙げてくれました。わたしも結構有名人なのですね。(笑)
竹澤 喜孝
私の人生の中で、地元の小学校5年生に総合学習「マイタウン(加賀)を知る」初めての経験(先生)をしました。
わたしは年金暮らしの中、地域との関わり合いを持ちながらすこしでも地域に貢献したという気持ちで6年前に自治会長を引き受けました。今年、こういうようにコロナ渦になるとは、予想もしなかった昨年(2019年10月)に私の人生の中で初めての経験(先生)をしました。
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私が自治会長をしている東京都板橋区加賀(2500世帯数)は、江戸時代は加賀藩の広大な下屋敷があった歴史文化的なエリアです。今は大規模マンションが建設され、子育て世代が多い活力ある地域です。帝京大学、東京家政大学、資生堂美容技術専門学校などの文教学園でもあり、石神井川が流れ、緑と自然に恵まれた環境の良い活力のある我が地域の小学校の校長先生から、5年生(3クラス120名くらい)に「総合学習」の一環で、自分たちの住んでいる「マイタウンを知る」という学習があり、そのスタートに当たり、この地域の自治会長をしているわたしに、テーチャ(先生)をやってもらえないかという打診がありました。地域の未来を担う子供のためにということで、即刻快諾しました。しかし快諾したものの、ただ話しているだけでは子供たちもつまらないと思い、そこで、その授業まで一週間もなく「マイタウン(私のまち)」にテーマで、早速題材集めということで、今までの自治会/郷土資料館の写真をあっちこっちから集め、構成/ストーリ性を考えて、パソコンのプレゼン用ソフトの一種である「PowerPoint」に貼り付けました。教材づくりに三日三晩不眠不休状態でした。(女房からどうしてそこまで自治会長のあなたがやらないといけないのかと言われました。たぶん私の体を心配していたのでしょう。)そのおかげで、大作の30枚のプレゼン用「PowerPoint」の教材が見事にできました。(自画自讃)
その「マイタウンを知る」の総合学習の当日のテーチングは子どもたちにも理解しやすく(勝手に私が思っているだけですがー。)、熱心にメモを取っていました。また校長先生はじめ5年生の担任の先生からも感心されました。自治会長さんが御自ら「PowerPoint」の教材を作るなんて驚きましたと。
ということで、45分の授業でしたが、わたしの子どもたちへの期待を込めて、わたしの「加賀」への思いを厚く語りました。次につながる子どもたちに、このマイタウンの学習が今後5年生なりに、「加賀」という街の将来を考える機会になればと思っています。
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余談
私のテーチングが始まる前に、5年生の子どもたちに「私を知っている人、手を挙げて」と聞きましたら、120人の子どもたちのうち、6~7割の子どもたちが手を挙げてくれました。わたしも結構有名人なのですね。(笑)
竹澤 喜孝
私の人生の中で、地元の小学校5年生に総合学習「マイタウン(加賀)を知る」初めての経験(先生)をしました。
わたしは年金暮らしの中、地域との関わり合いを持ちながらすこしでも地域に貢献したという気持ちで6年前に自治会長を引き受けました。今年、こういうようにコロナ渦になるとは、予想もしなかった昨年(2019年10月)に私の人生の中で初めての経験(先生)をしました。
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私が自治会長をしている東京都板橋区加賀(2500世帯数)は、江戸時代は加賀藩の広大な下屋敷があった歴史文化的なエリアです。今は大規模マンションが建設され、子育て世代が多い活力ある地域です。帝京大学、東京家政大学、資生堂美容技術専門学校などの文教学園でもあり、石神井川が流れ、緑と自然に恵まれた環境の良い活力のある我が地域の小学校の校長先生から、5年生(3クラス120名くらい)に「総合学習」の一環で、自分たちの住んでいる「マイタウンを知る」という学習があり、そのスタートに当たり、この地域の自治会長をしているわたしに、テーチャ(先生)をやってもらえないかという打診がありました。地域の未来を担う子供のためにということで、即刻快諾しました。しかし快諾したものの、ただ話しているだけでは子供たちもつまらないと思い、そこで、その授業まで一週間もなく「マイタウン(私のまち)」にテーマで、早速題材集めということで、今までの自治会/郷土資料館の写真をあっちこっちから集め、構成/ストーリ性を考えて、パソコンのプレゼン用ソフトの一種である「PowerPoint」に貼り付けました。教材づくりに三日三晩不眠不休状態でした。(女房からどうしてそこまで自治会長のあなたがやらないといけないのかと言われました。たぶん私の体を心配していたのでしょう。)そのおかげで、大作の30枚のプレゼン用「PowerPoint」の教材が見事にできました。(自画自讃)
その「マイタウンを知る」の総合学習の当日のテーチングは子どもたちにも理解しやすく(勝手に私が思っているだけですがー。)、熱心にメモを取っていました。また校長先生はじめ5年生の担任の先生からも感心されました。自治会長さんが御自ら「PowerPoint」の教材を作るなんて驚きましたと。
ということで、45分の授業でしたが、わたしの子どもたちへの期待を込めて、わたしの「加賀」への思いを厚く語りました。次につながる子どもたちに、このマイタウンの学習が今後5年生なりに、「加賀」という街の将来を考える機会になればと思っています。
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余談
私のテーチングが始まる前に、5年生の子どもたちに「私を知っている人、手を挙げて」と聞きましたら、120人の子どもたちのうち、6~7割の子どもたちが手を挙げてくれました。わたしも結構有名人なのですね。(笑)
竹澤 喜孝
ご無沙汰しております。
この猛暑続き、コロナ渦の中、如何お過ごしでしょうか。
なかなか富山には行けていませんが、こちらでいろいろ頑張っています。
さて、久しぶりに「ごの会」への情報提供です。
私事ですが―――。ちょっとうれしい話です。
先週の土曜日(9/5)、全国紙の日本経済新聞夕刊のコラム「ひと・まち探訪」に
1カ月前に板橋区役所から紹介され、全国紙の日経新聞社会部の記者から、この加賀の旧理化学研究所の取材をうけました。
私の自治会長としてのコメントの記事の掲載がありました。
添付も参考に見て下さい。(ただし、顔写真はないです。(笑))
人生初めての経験です。冥途のみやげがひとつ増えました。(笑)
下記のURLから、記事を読むことができます。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63094970X20C20A8SHJ000/
わたしが住んでいるこの加賀という場所は江戸時代に加賀藩の広大な下屋敷があったところです。
それに因んで「加賀」という地名になっています。
追伸
また東京都の要請により、自治会活動の活性化事業支援の一環で、20団体の自治会関係者の前で、ZOOMの講演者をやったりしています。
それなりに世の中のためにいろいろやっています。
竹澤
ごの会の皆様ご無沙汰しています。広田です。
さて、いまだ新型コロナウィルスの影響が続く大変な状況ではありますが、この度私はこれまで勤めていた会社を退職し起業いたしましたことをお知らせします。
この年になってとは思いましたがお世話になった人たちにお別れのメールを流したところ、ノルウェーの企業から社員として働いてもらいたいというありがたいお誘いがあり、断る理由もないので日本でのマーケティング活動をすることに。
会社の名前は「合同会社NanoSiC」。取り扱うのは会社名から推測できますが、要はシリコン。用途はリチウムイオン電池の負極に使用されるもの。
因みにノルウェーの会社は「NanoPow」と言います。
起業を計画してから約2か月。思った以上に大変でした。
しばらくは売り上げがない日が続きそうですが、何とかスタートできそうです。
緊急事態宣言は解除されたというもののまだまだ先が見通せない状況ではありますが、皆さん、健康に留意して乗り切りましょう。
広田
ごの会のみなさま
悲しいお知らせです。
闘病中の竹島慎二くんが、2月24日(月曜日)に逝去されたとの連絡が、金山くんからありました。
葬儀は、下記のとおり執行されます。
通 夜 2月26日19時から 富山シティホール
告別式 2月27日11時から 〃
金森喜正
秋の越中五箇山相倉集落 2019年10月28日
昨日は久しぶりに青空が広がる穏やかな秋の一日。五箇山で蕎麦を食べようとドライブした。
秋の飛騨白川郷
越中五箇山相倉集落を出て、飛騨白川郷に向かった。一般道を景色を見ながらのドライブ。道すがら赤カブを漬けようと、赤カブを買って帰ろうと思った。しかし、時間が少し遅かったこともあってどこの販売所でも売り切れていた。
白川郷では多くの観光客が通りを散策していた。白川郷を流れる庄川は何時もに増して水量が多く激しく流れていた。二三日前の大雨の影響なのかも知れない。
金森
金沢散歩 長町からせせらぎ通り、百万石通りへ 2019年10月20日
長町を大野庄用水に沿って歩き、長町二の橋を右に折れて武家屋敷跡を歩いてせせらぎ通りに出る。せせらぎ通りを洋食屋RYOの前の三叉路を右手に上りおでんよし坊の前を通って百万石通りに出た。これからおでんが美味しい季節になる。
金沢散歩 尾山神社に参拝して神苑を散策
長町武家屋敷跡から鞍月用水を渡り百万石通りに出て、尾山町へと歩く。百万石通りから尾山神社に参拝。神苑を散策して、東参道から尾山神社を後にした。
金沢散歩 玉泉院丸庭園
尾山神社を東参道から出て、金沢城公園に向かう。玉泉院丸口から金沢城公園に入る。玉泉院丸庭園は玉泉院丸口を入ったところにある。休憩所玉泉庵で庭園を眺めて一休みした。
金沢城鼠多聞・鼠多聞橋復元工事
金沢城と尾山神社の間は道路となっている。この道路は幕政期は堀であり、鼠多聞橋が掛けられていた。そして金沢城側には鼠多聞があった。明治時代に金沢城は陸軍の駐屯地になったことから鼠多聞や橋は壊された。2018年7月には発掘調査を終え、現在は2020年7月完成予定で復元工事中。
鼠多聞は玉泉院丸庭園にある。玉泉院丸庭園を散歩している時、復元工事見学台開放中の案内を見かけたので散歩ついでに見学した。
金森
今年の新穂高ロープウェイの紅葉はどうなっているたろう。相次ぐ台風で紅葉は落ちているかも知れない。(BGMを付け4Kでレンダリングし直した。)
紅葉の新穂高ロープウェイを歩く。 2011年10月25日
金森
金沢散歩 犀川を新橋から大橋へ歩く 2019年10月17日
今朝は犀川べりを新橋から大橋、片町へと歩いた。
石川四高記念文化交流館としいのき迎賓館
犀川大橋を渡りスクランブルを香林坊へ。香林坊の三叉路を右手に折れて、百万石通り沿いにある石川四高記念文化交流館としいのき迎賓館を左手に見ながら歩いた。
金沢散歩 初秋の兼六園を歩く
百万石通りを真弓坂口から兼六園に入る。瓢池から噴水に出て、徽軫灯籠へ。内橋亭を見ながら霞ヶ池を時計回りに歩いた。徽軫灯籠近くのススキが銀色に輝き風に吹かれていた。
台風19号の被害で北陸新幹線、金沢ー東京間が運休中にもかかわらず、観光客が多かったのには少し驚いた。金沢散歩1万歩
金森
餘部橋梁(あまるべきょうか)は昭和61年12月に強風のため鉄橋から列車が転落し大事故となった。平成22年8月に現在のエクストラドーズドPC橋が掛けられた。この日もお天気は良かったが橋梁に吹く風は強かった。
餘部橋梁(2019年9月3日撮影)
金森
立山黒部アルペンルート 立山駅から室堂平 2019年10月10日
立山室堂平の紅葉を狙って5時に目覚ましを鳴らし、6時前に自家用車で家を出た。立山駅には8時前に着いた、立山駅近くの無料駐車場は既に満車で、駅手前の駐車場に戻って車を停めた。
美女平からは定期バスで室堂平へと向かった。道中、乗客が立山杉や称名滝、弥陀ヶ原が見れるようそれぞれのビュースポットでバスが止まってくれた。
立山室堂平を散策
10時ころに立山室堂平に着いた。目当てにしていた室堂平の紅葉は二三日前の風雨で大方散ったようだった。バスを整理しているバス会社の職員さんが「8日は立ってられない程の横からの風雨で大変だった。紅葉は今秋一番の見頃だったけど、風雨で色が落ちてしまった」と教えてくれた。
室堂平には平日とは思えない数の人達がいた。外国からの観光客が目につく。欧米からの観光客もいるが、中国からの人が多かったように思う。
ミクリガ池を真ん中に、時計回りに室堂平を歩いた。途中、ミドリガ池を上から見る休憩所で昼食にした。弁当は前日夕刻に金沢駅で買ってきた富山「源の鱒の寿し」にした。「源の鱒の寿し」は我が家の室堂平でのお昼の定番になっている。
立山弥陀ヶ原を散策
室堂平からの帰りに弥陀ヶ原でバスを途中下車した。弥陀ヶ原ホテルの脇を通って湿原を散策した。弥陀ヶ原はラムサール条約登録されている広大な湿地帯だ。大日連山を望みながら整備されている木道を歩いた。
富岩運河還水公園を歩いて富山駅で白えび天丼
立山駅からの帰り、夕食には少し早いけど富山駅に寄って白えび亭で白えび天丼を食べて帰ることにした。結構歩いた。18000歩
金森
淡路島 明石大橋、絵島と大和島
神戸淡路鳴門自動車道の淡路SAでしばし明石大橋を眺めた。淡路ICで下りて岩屋にある絵島と大和島、大阪湾を眺めながら歩いた。
淡路島 奇跡の星の植物館
岩屋を下道を淡路へと車を走らせて淡路夢舞台温室「奇跡の星の植物館」を楽しんだ。
淡路夢舞台 海回廊を歩く
淡路島 奇跡の星の植物館を出て、ウエスティンホテル淡路へと海回廊を歩いた。
淡路島 大阪湾沿いに車を走らせた
淡路島の大阪湾に面した東側、淡路、洲本へと車を走らせ、洲本の大浜海水浴場で一休み。
鳴門大橋
淡路島の西側(西浦)に位置するいび港から、うずの丘で鳴門大橋を眺めた。鳴門岬の突端にある道の駅うずしおで鳴門大橋の下を流れる潮の勢いに圧倒された。
金森
富山東高校 第五回卒の皆様へ
「ごの会」便りを毎回楽しみに拝見しています。
皆さん、いろいろ年金暮らしの中、第二の青春謳歌されている由、同じ仲間として嬉しく思います。
わたしは、今、東京都の板橋区加賀に住んでいます。
名の通り、江戸時代は加賀百万石の下屋敷があった場所です。
その加賀2500世帯の自治会長をしています。
大規模マンションが建設され、子育て世代が多い活力ある地域です。
この活力のある我が地域の小学校の校長先生から5年生(3クラス120名くらい)に「総合学習」の一環で、自分たちの住んでいる街(マイタウン)を知るという学習があり、そのスタートに当たり、この地域の自治会長をしているわたしに、テーチャをやってもらえないかという打診がありました。
地域の未来を担う子供のためにということで、即刻快諾しました。
しかし即刻OKしたものの、ただ話しているだけでは子供もつまらないと思い、そこで、その授業まで一週間もなく「マイタウン(私のまち)」にテーマで、早速題材集めということで、今までの自治会/郷土資料館の写真をあっちこっちから集め、構成/ストーリ性を考えてPowerPointに貼り付けました。教材づくりに三日三晩不眠不休でした。
(女房からどうしてそこまで自治会長がやらないといけないのかと叱責言われました。たぶん私の体を心配していたのでしょう。)
そのおかげで、大作の30枚のPowerPointが見事にできました。
当日は子どもたちも理解しやすく、熱心にメモを取っていました。
また校長先生はじめ5年生の担任の先生からも感心されました。 自治会長さんが御自らPowerPointを作るなんて驚きましたと――。
ということで、45分の授業ですがわたしの子どもたちへの期待を込めて、わたしの思いを厚く語りました。
次につながる子どもたちへこのマイタウンのテーチングが今後5年生なりに地域を考える機会になればと思っています。
竹澤