雄山神社について、ウィキペディアには次のように書かれている。
霊峰立山を神体とし、立山の神として伊邪那岐神(立山権現雄山神・本地阿弥陀如来)・天手力雄神(太刀尾天神剱岳神・本地不動明王)の二神を祀る。神仏習合の時代には仏教色の強い神社であり、立山修験の源であった。また、元明天皇や後醍醐天皇の勅願所でもあった。
峰本社(みねほんしゃ)、中宮祈願殿(ちゅうぐうきがんでん)、前立社壇(まえだてしゃだん)の三社をもって雄山神社とする。所在は富山県中新川郡立山町芦峅寺(あしくらじ)から岩峅寺(いわくらじ)にかけた一帯、広くは地獄谷や弥陀ケ原を含む立山連峰全域である。
岩峅寺及び芦峅寺の「峅」と言う文字には「神様の降り立つ場所」の意味がある。
称名滝からの帰り芦峅寺にある雄山神社に寄った。鳥居から立山大宮へ立山杉が林立する参道を歩く。参道の途中にある祈願殿でもお参りしだ。祈願殿では若い夫婦が神主さんにお祓いを受けていた。
金森
北陸道立山ICを降りて、県道6号を南へと車を走らせる。立山あるぺん村を左手に見ながら地鉄立山線の立山駅へ。立山駅を右手に見てのドン突きに称名滝への駐車場がある。車を駐車場に止めてしばらく歩くと称名滝に出る。
称名滝に着いたのは昼ごろ。山の天気は概ね午後には崩れはじめる。この日も下界は晴れているが山にはガスがかかり始めていた。
金森
それにしても今年の夏の天気はよくない。
今も外は雨。天気予報では明日からも曇や雨の日が多い。暑いのも困りモノだけど夏はやっぱり夏らしい入道雲と青空がいい。
下の写真は三年前(2011年7月)に日帰りバスツアーで立山アルペンルートをまわったときのものだ。
バスツアーの小松バスで信濃大町へ。扇沢駅からトローリーバスで黒部ダムに行き、黒部湖からケーブルカーで黒部平、大観峰駅へはロープウェイ。大観峰駅から室堂まではトローリーバス。室堂をみくりが池、ミドリガ池などを散策しながら一周した後、大町から回送してきた小松バスに乗って帰ってきた。
バスツアーで行けば、トローリーバスやらロープウェイは、概ね事前に乗車時間が予約してあって待たずに乗れる。以前、個人で列について待っていた時、後から来た団体客に予約してあるからと追い抜かれた。やたらとしゃくに障ったのを思い出した。
バスの中での添乗員の話しによれば、このツアーは「また来たい」と言う人と「もうこりごり」と言う人に極端に別れるので有名なツアーだそうだ。晴れていると景色もなにも全てが最高。雨が降らなくとも曇ったりしていると霧の中で、ただただ乗り物に乗っているだけでなんの面白みもないツアーになるからだそうだ。ツアーは天候が選べないのが最大のネックだ。
常々「雨男」と言われている私ではあるが、このツアーで私よりも強力な「晴れ男」か「晴れ女」が参加していたのだろう。誰だかわからないけど、感謝感謝のツアーだった。もちろん「また来たい」と思った。
黒四ダム ダムから放水してます。
観光放水 霧状にして吹き出しています。
立山連峰・雄山も見えます。
大観峰から黒部湖を見おろします。
金森
自宅から歩いて五分位の所にツアーバスの停留所がある。ツアーバスの日帰りで立山か乗鞍に登ろうと山の天候をみている。しかし、今年は都合が付く日に山は曇りや雨。晴れる時は都合が悪くてツアーに申し込めないでいる。
何のために山に登るのかと思うことがある。この歳になって登山で精神修行しようとか、身体を鍛えようなんて思っているわけではない。登ったぞという達成感を味わいに行くわけでもない。結局は山で見る雲海であったり、登山道に生える草花の写真を撮るのが楽しみで登るのだろうと思う。だからやっぱり、山行きは辛くなく晴れていないといけないわけだ。
立山室堂平・みくりが池 残雪のみくりが池越しに剣岳が顔を出しています。
みくりが池と立山雄山
ミドリガ池 水面にくっきりと立山・雄山を写しだしています。
雄山の頂上に人影が見えます。
山道に咲くクロユリ
金森
庄川を南へ井波に寄って帰ることにした。
井波の瑞泉寺は真言宗大谷派の寺で戦国時代には越中一向一揆の拠点となった古い寺だ。
井波は木彫刻工業が盛んで瑞泉寺の建物の彫刻は井波の職人の手によるものだ。参道には彫刻を取り扱う店が軒を並べている。
瑞泉寺参道には「池波正太郎ふれあい館」がある。池波正太郎は「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛け人 藤枝梅安」などの時代小説でよく知られている。池波正太郎は祖父が井波出身ということもあって、「父祖の地」として、親しみと愛着を持って度々訪れていたようだ。
今回は晩酌にと思い参道にある酒蔵、若駒酒造で地酒を買って帰った。
金森
鮎やでの昼飯の後、庄川を渡り庄川水記念公園、舟戸公園を散策した。
これら公園は庄川合口堰堤(えんてい)の人工湖である舟戸湖の前にある。庄川合口堰堤は庄川本流最下流にあり、小牧ダムと供に国の登録文化財に指定されている。庄川水記念公園と舟戸公園には、庄川観光の拠点施設として、庄川特産館、庄川ウッドプラザ、庄川ふれあいプラザが設置されており、伝統的工芸品や特産品を、展示、販売している。
堰堤(えんてい)とは「貯水・治水・砂防などの目的で,河川・渓谷を横断してつくられる堤防。ダム。」(大辞林 第三版の解説)。
観光の拠点ということではあるが、歩いている人は殆どいなかった。静かな中を散策した。
金森
金沢の尾山神社近くに高岡町がある。高岡町は「越中高岡に隠居していた二代藩主前田利長が、家臣を高岡からかえし、この地に住まわせたため、この名がついた。」(金沢市ホームページから引用)とのことだ。そんなこともあってか、金沢と高岡は文化的にも嗜好的にも似たところがあると感じることがある。それに高岡の人の「街へ行く」は、富山ではなく金沢に行くことだと聞いたことがある。
のと里山海道で羽咋のなぎさドライブウェイから国道415号で氷見、高岡に寄って帰るとか、七尾から国道470号(七尾氷見道路)で富山湾に出るといったコースでドライブすることがある。冬の寒くて晴れた日に氷見や高岡雨晴海岸から見る富山湾越しの立山連峰は絶景である。
下は義経が弁慶たちと雨宿りしたという義経雨晴の岩から女岩を撮った。晴れていれば女岩の背景に立山連峰が見えるはずなのだが、撮影した日はあいにくの曇り空で見ることができなかった。
朝、目が覚めると前日の天気予報に違えて良い天気になっていた。朝食を取りながら昼は蕎麦にしようということになった。天気もいいから五箇山で蕎麦にすることにした。
山側環状道路から金沢大学角間キャンバスを通って福光に出る。五箇山へは何時もは福光ICから東海北陸道に乗るのだが、天気もいいのでゆっくりと国道304号を下道で城端方向に車を走らせた。
五箇山トンネルを過ぎると五箇山に入る。トンネルを過ぎれば相倉集落は近い。昼前には相倉集落に着いた。今年の五箇山の雪は少ない。五箇山の雪も年々少なくなっているように思う。
散策しながら集落の中程にある相倉まつやに入った。蕎麦と天ぷらのセットを注文した。村を散策している時、すれ違うときに「こんにちは」と声を掛け合った外国人の夫婦がいた。その夫婦が店に入ってきて、わたしの前の席に座った。風貌から欧米人であることは分かる。それとなく聞こえてくる会話は英語ではなくフランス語のようだった。
相倉集落から飛騨白川郷を散歩して、帰りに五箇山のゆー楽に寄った。露天風呂で眼下に庄川のダム湖をみながら温泉に浸かった。帰り道、夕方4時頃、福光で雪がチラついてきた。
金森
2008年2月に「松川べりの桜」という記事を書いた。その時の写真で動画を作って記事と一緒に再掲した。(もう6年前になる。時間が経つのが実に早い)
先週の4日(金曜日)に丸一に向かう途中に松川べりを通った。松川べりの桜は、満開までにはもう少しだが、見ごろとなっていた。
いつも、お花見の時期に松川べりを歩きたいと思っていたのだが、なかなかチャンスがなかった。今回のオフ会で、たまたま時期が合い、松川べりの桜をカメラにおさめることができた。
この写真を撮影したのが、午後5時半頃。仕事帰りの多くの人達が、青いビニールシートを敷いて、お花見の準備をしていた。
ひとしきり写真を撮った後、総曲輪に向って歩き始めたころには、人や車が多くなり、周りの道路も混雑してきていた。
2008年4月 6日(日)記
金森
先月のはじめに「富山湾越しに見る立山連峰」という記事を書いた。
五年ほど前になるけど、先の記事でも紹介した写真とビデオ映像をミックスした動画を作っていた。
氷見から見る日本海越しの立山連峰 Nov. 25, 2009
金森