大量生産・効率優先

随分前の話ではあるけれども、会社が休みの度に朝早く金沢港で釣りをしていたことがある。

釣りといってもサビキで小イワシとか小アジ狙いの釣りである。時たまボラなども釣れる。しかし、釣ったアジやイワシを家に持ち帰っても、家族は見向きもしてくれず、自分でタタキや唐揚げにするしかなかった。

そんな時、原油タンカーを一周りもふた周りも小さくしたタンカーが埠頭に横付けになっているのを見かけたことがる。なんでこんなところにタンカーがいるのか不思議に思った。隣で釣りをしていた人から、酒を運ぶタンカーだと教えてもらったことがある。日本でも有名な銘柄の酒蔵の名前を聞かされた。わたしも若いころ「この蔵の酒は旨い。」と知ったかで吹聴していた関西の有名な酒蔵の銘柄だった。

産地偽装ではないけれでも、注文量に生産が追いつかず、地方の小さな酒蔵の酒をかき集めてブレンドして「その銘柄」として販売していたようだ。ただ今もそうかどうかは定かでは無い。

確かに酒の味も飲み始めはなんとなく分かるけれども、杯を進めるにつれ味の違いなどは分からなくなっていく。「だからといってそれはないだろう。」と思ったものだ。以来、全国的に評判の銘柄というのは避けることにしている。有名でなくてもいい、むしろ無名でもその土地の地酒を楽しむようにしている。

「美味しいものを安価に造るためには大量生産でコストを下げて消費者に提供する。」の行き着く先は、ブランド名で消費者を誤魔化さざるを得なくなるということかも知れない。

大量生産だけでなく、多品種少量生産の物にしても効率を追い求め、単なる価格競争に陥れば同じことになるだろう。

話は飛躍するけれど、今の電力を原子力発電に求めようとする構図も大量生産を追求すると同じと言えないだろうか。明日のことを考えれば、こんなやり方は社会にとって良いことはない。エネルギーにしても、風力、太陽光、地熱、小規模水力などその土地に合った発電方式で発電し、地産池消を基本に考えていくべきだろう。

電気自動車だってそうだ。原子力発電所で発電した電気をガソリンスタンドなどの給電所に運んでそこで車に充電するなどは壮大な無駄である。電気で自動車を駆動させるのなら、自動車自身が発電する燃料電池車にすべきだろう。正に電気の地産池消の仕組みだ。わたしは電気自動車は燃料電池車への繋ぎの技術だと思っている。原発を動かすのに金と労力を掛けるより燃料電池車のインフラを整備した方が余程賢いと思う。家庭で使う電気についても同じことが言える。

電力の地産池消の仕組みの中にこそ大きなビジネスチャンス、経済成長があると思っている。

金森

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このページは、ofoursが2014年1月13日 07:58に書いた記事です。

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