2013.12.25 竹沢 喜孝
12/20(金)、小雨とちょっとの晴れ間の間隙をぬって、以前から申込みしてあった神田川、日本橋川、隅田川のクルージングに一人参加しました。これらの川は、仕事に、遊びに、買い物の時に、道路から、電車から、首都高速道から眺めていた川でした。以前から、これらの川から東京の景色見たいと現役のサラリーマン時代からずーと思い続けていました。ようやく、このようなツアーを見つけました。急いで申し込みしました。その積年の想いが叶いました。
今回のクルージングで再認識したのは、東京の都心に、こんなに小さな川にも、いろいろの歴史と変遷があったということを知ったことですね。隅田川は、有名ですが----。これらの川は、ビルの谷間に、高速道路の下に、そして地下道にと、あまり人前にはお目にかからない川だからかも知れませんね。しかし、これらの今はあまり目立たない川ですが、江戸時代は、物資輸送の主役だった船の運河、海路だったのですね。当時7000の船がこれらの川を利用していたとのことです。それと千代田城(江戸城)を守るお堀の役目も果たしていたのですね。今回、この紀行文と写真とで、東京のクルージンク゜を堪能してもらえればと思います。今回のクルージングで、見上げる橋の数は、JR、地下鉄の鉄橋、高速道路橋含め48箇所です。写真は200枚近くカメラに納めたその一部です。
日本橋;今年、石造りの橋に掛け替えられて100年にあたります。川から見ると、やはり、高速道路の下だと妙実に感じます。この日本橋は、当時の江戸街道の起点ですが、ここは、海の傍であったのは驚きです。埋められて、埋められて、海など望めないし東京湾は、はるか海の向こう(?)。また、石垣が黒く煤やけているのは、関東大震災のときに船溜まりの木造船が焼けて漂着した痕だそうです。上を歩いて通っていただけだとわかりませんね。これも船に乗らないと。 ? ? ?。
東京証券所がある兜町、大中小の証券会社のビル街の茅場町の橋を通り、日本橋川の豊海橋を抜けると、一面大きな海原に出ます。ここが、隅田川です。
この小さなクルージングの船は、川面の波に大きく揺れます。
清州橋;その波間から今回のクルージングの絶景ハイライトの相似形の美しい清州橋の真ん中にそびえ立つ東京スカイツリー。この絶景は、船からのクルージングでしか見ることはできません。
隅田川の一時のクルージングも、両国橋の手前から、今度は、神田川にはいります。この川の名は、われわれの年代は、 "あなたはもう忘れたかしら? 赤い手ぬぐい、マフラーにして・・・" 南こうせつとかぐや姫の「神田川」を思い浮かべますね。名曲ですね。よく、学生時代に聞きましたね。涙がでますよね。
その神田川は、三鷹にある井の頭公園内の井の頭池に源を発し東へ流れてくるそうです。
源流が井の頭池だとは、これもおどろきですね。
柳橋;この柳橋は神田川の最後の橋となって、隅田川に流れ注ぐのだそうです。
神田川と隅田川合流地点のため、この柳橋辺りは屋形船の船溜りになっています。
川沿いには、屋形船が、何十漕も係留されています。この柳橋は、老舗の佃煮と船宿が集まっており、都心のビルの谷間の中で、江戸風情が残っているところでもあります。今回、ここの佃煮の老舗のお店の一つである「小松屋」に横づけし、早速の買い物タイムです。わたしは、「生あみ佃煮」500円/個をゲットしました。今夜の酒のお供に、そして温っかな白御飯のお供にしよっと。
聖橋;この神田川の中で、アーチ形の一番美しい橋です。駿河台の名の通り、高低差があり、真上には、JR御茶ノ水駅があり、その下を丸の内線が通ります。
この付近は、東京医科歯科大、順天堂大病院、明治大、日大などが集まっています。私も、この御茶ノ水駅は、サラリーマン時代、日立の本社があり、通算7年間通勤に利用していました。今は、再開発され、本社ビルは、新しい高層ビルに建て替わっています。
左の写真は、東京ドームを過ぎた水道橋と飯田橋の中間点にある魔何不思議な光景に出合いました。
これは、東京都の港湾局の施設です。東京都内から出る残土/ガレキなどを東京湾の夢の島などの埋立地に運び出すそうです。砕かれた残土/ガレキが上からダストシュートで、下のダルマ船にいれられます。それを、この神田川、隅田川経由して運び出されるそうです。今まで、埋め立てられた土地といか、地面は全部、このダルマ船で運んだそうです。ダンブカーでいうと、この一艘で、70?80台分相当だそうです。かんがえてみたら、ダンプカーが、東京というか、日本の顔である銀座通りに、残土/ガレキを満載したダンブカーが走っていたらと思うと背筋が寒くなりますね。むかしから、エコーやっていたのですね。
これも、今回のクルージングの大きな成果の一つです。
この一艘のダルマ船に、感謝。感謝ですね。
左の写真は、九段下あたりです。この上の高速道路は、首都高速5号線池袋線です。わたしは、羽田、湾岸に行く時に通る高速道路です。下が日本橋川になっていたのですね。
石垣には、大名が刻印させた○、×、◎などの石垣紋が見ることができます。これは、通常見ることはできないものです。このあたりは、江戸城の外堀の役目も果たしていたそうです。
左の写真は、大手町の付近の常盤橋です。日本銀行の本店、三越日本橋店などが近くにあります。東日本大震災で、一部、橋が崩れため、今、修復工事中ですが、皇居の二重橋
と同じ、眼鏡橋です。
100分のクルージングもようやく、終わりになりました。
出発地点の日本橋に戻ってきました。寒風の中、実りの多いクルージングでした。
第二弾は、200枚近い、写真を1枚1枚、コメントを付けて、整理したいと思っています。
以上