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デジタル犯罪論への接近とその限界

四 デジタル犯罪論への接近とその限界

1 デジタルデーターと「もの」概念
 先ほどから、述べているのは社会的に有用なデジタルデーター自体の保護という問題であるが、このように社会的に有用なデジタルデーター自体の保護ではなく、無色透明なデイジタルデーターが既存の法律が保護しょうとする保護法益を侵害する道具として使用される場合の法的評価ということが問題とされている。

イ デジタルデーターとコンピューターとデジタルデーターを読視可能な形に変換するプログラムが合体ないし同時使用されて、初めて、従来の「もの」概念と同視できるような形(以下「変換物」と称する)となる。

 デイジタルデーター
 コンピューター         →   変換物
 プログラム

ロ この点を検討するについて、まず最初に検討すべきなのは、変換物について、従来の「もの概念」による法的規制と同様の法的規制の必要性、それは換言すれば、従来の「もの概念」による法的規制による保護法益侵害の内容と程度である。
ハ 例えば、わいせつ画像を考えてみれば、その法的規制の当否という立法論は別として、法益侵害の程度などは、従来の「もの概念のもの」と比べて保護法益侵害の程度はどうか、という視点での評価の問題である。
 わいせつ文書という犯罪類型で検討すれば、変換物が、既存のわいせつ文書と比較し、法益侵害の程度は劣ることはないものと言える。
 法益保護という観点から言えば、規制の必要性は同程度ないしそれ以上存在するものと言える。

ニ このような視点からの検討は、
 イ 無色なデジタルデーターを、豹変させる道具の評価
 ロ 豹変したものの評価
 ハ デジタルデーターとそれを豹変させる道具との結びつきの契機と評価
の3つの構成要素とそれにより作出される「変換物」について、刑法所定の「わいせつ犯罪」の構成要件に該当するのか、といった議論がなされるのである。

2 デジタルデーターと「もの」概念の変容、再評価

イ 譲渡、頒布と占有移転(電磁的記録の変化など)

 大阪高裁平成15年9月18日判決は、児童ポルノ関連事件において、「サーバーコンピューターのディスクアレイ上に記憶,蔵置された画像データそのものは上記Bらのダウンロードによってもその電磁的記録としては何らの変化は生じていないのであり,画像データの入手者であるBらに上記サーバーコンピューターに記憶,蔵置された電磁的記録そのものの占有支配が移転したと見る余地もない」旨判示し、「譲渡・頒布行為には占有移転が必要」と前提し、「占有移転を伴わない、ダウンロード、自己HDへの複製、再生行為-は譲渡、頒布行為の範疇に入らず」、それは「公然陳列行為に該当する」と評価しているようである。

大阪高裁平成15年9月18日判決


 児童買春児童ポルノ禁止法2条3項は,「『児童ポルノ』とは,写真,ビデオテープその他の物であって,次の各号のいずれかに該当するものをいう。」と規定しており,「その他の物」については,その例示として掲げられている物が写真,ビデオテープであることからすれば,文理解釈上,これらと同様に同条項各号に掲げられた視覚により認識することができる方法により描写した情報が化体された有体物をいうものと解すべきであるところ,
 関係各証拠によれば,本件において児童ポルノに該当するとされている画像データは,被告人において,契約を結んだ東京都千代田区a町b丁目c番地d所在の株式会社E管理のサーバーコンピューターにホームページを開設し,同コンピューターの記憶装置であるディスクアレイ内に記憶,蔵置させた電磁的記録であり,このような電磁的記録そのものは有体物に当たらないことは明らかである。
 そして,児童買春児童ポルノ禁止法7条の児童ポルノ販売,頒布罪における販売ないしは頒布は,不特定又は多数の人に対する有償の所有権の移転を伴う譲渡行為ないしそれ以外の方法による交付行為をいうものであるところ,
 本件において,上記B, C及びDは,それぞれ,被告人から教示されたホームページアドレス等を自己のパーソナルコンピューターにおいて入力することにより,被告人が開設した上記会社管理のサーバーコンピューター内のホームページにアクセスし,同サーバーコンピューターのディスクアレイに記憶,蔵置された本件の画像データをそれぞれ自己のパーソナルコンピューターにダウンロードし,ハードディスクないしはフロッピーディスクにその画像データを記憶,蔵置させて画像データを入手していることが認められるが,上記サーバーコンピューターのディスクアレイ上に記憶,蔵置された画像データそのものは上記Bらのダウンロードによってもその電磁的記録としては何らの変化は生じていないのであり,画像データの入手者であるBらに上記サーバーコンピューターに記憶,蔵置された電磁的記録そのものの占有支配が移転したと見る余地もなく,この点で原判示第2に認定された事実のもとでは児童ポルノの販売に該当する事実もないというべきである。

名古屋地裁平成16年1月22日判決


 この点について検討するに,児童買春児童ポルノ禁止法が頒布の目的物となる児童ポルノとして例示している物がいずれも有体物と解されることからすると,本件画像データは,被告人が判示のサーバーコンゼユ・一夕の記憶装置内に記憶,蔵置させた電磁的記録であって有体物ではなく,判示画像データ自体が児童ポルノに直接該当すると判断するには疑義があり,同様に,同データ自体が刑法上のわいせつ図画ないしわいせつ物に直接該当するというのにも疑義がある。
 また,児童ポルノ及びわいせつ図画の各頒布罪にいう頒布行為は,不特定又は多数の者に対する販売以外の方法による交付行為をいうものであるところ,共犯者による同画像データの配信行為については画像データ自体の占有支配が前記Wらに移転するものではないことから,前記配信行為が頒布に該当するという点についても疑義があるというべきである。
 一方で本件は,判示のとおり,被告人が前記画像データを電子メールの添付ファイルとして判示のサーバーコン ピュータに送信し,その記憶装置内に記憶,蔵置させた上,共犯者がメーリングリスト機能を利用して判示メー リングリストサービスに登録されているグループのメンバーのメールサーバーに配信した事案ではあるが,前掲 証拠によれば,前記グループは,その入会アドレスに自己のアドレス等を送信すれば自動的に入会でき,メンバ ーが投稿した画像データについて,同グループの管理者が承認すると,同グループの不特定多数のメンバーに自 動的に配信されるシステムになっていると認められることからすると,前記配信行為は,判示のサーバーコンピ ュータの記憶装置に記憶,蔵置された本件画像データについて不特定多数の者に閲覧可能な状態を作出した行為 といえる。よって,主位的訴因についてはこれを認定することができないものの,予備的訴因については,「わいせつ図画」とあるのを「わいせつ物」と認定した以外は,これとほぼ同旨の事実を認定することができるものと判断した。

 頒布という言葉はどのような意味なのか。配る、、、、という意味か。
 「配る」という言葉の概念の中に、「複製物を-作成して-配る」、「複製物を-作成して-取得させる」という意味もあるはず。とすれば、「電磁的記録の複製物を取得させる行為」=配る=頒布行為の範疇に取り込むことは不当とも言えない。
 取得行為=電磁的記録+複製物の生成--生成された複製物のみを取得させる。
 配布行為=電磁的記録+複製物の生成--生成された複製物のみを取得させる。

 わいせつ図画の取得希望者に対し、コピーを作成して交付するのと同列評価も可能である。

 原本に変化がないとして、占有移転を否定するのが不当であるのと同様である。
 複製された電磁的記録について、占有移転は肯定できる。
 大阪高裁判決は、原本の変化の有無のみにとらわれたものであり、吟味、検討が不十分であると言える。

ロ 公然陳列か頒布か

 上記のような立論があり得るとした場合、サーバー上へわいせつ図画等をアップロードする行為について、「公然陳列行為と評価するのか、又は頒布行為と評価するのか」、再検討する必要がある。

ハ わいせつ図画等をアップロード行為

一 陳列と頒布(問題の所在)


(わいせつ物頒布等)
刑法175条  
 わいせつな文書、図画その他の物を頒布し、販売し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役又は二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処する。販売の目的でこれらの物を所持した者も、同様とする。

 陳列と頒布の差違は、大阪高裁平成15年9月18日判決の指摘するとおり、「占有移転の有無にある」と考えるのがひとつの論理かもしれない。

 ネット上でわいせつ図画等をアップロードして、不特定多数の者に閲覧可能とした場合、陳列か頒布か。

二 ネットの構造との関連

 インターネットのファイルの送受信という構造を考えれば、基本的には、わいせつ図画等の複製物(ファイル)の頒布と考えるのが自然である。
 正確、緻密に言えば、「わいせつ図画等をアップロード」する行為は、頒布準備行為であり、当該HPに他人がアクセスすることにより、複製物(ファイル)を送信する=頒布行為をするということとなる。

三 陳列と頒布の区別の意味など

 しかし、他方、陳列と頒布の差違が「占有移転の有無にある」とするのは、頒布の場合、「頒布を受けた者が自由にそれを閲覧し、また再頒布できる」という特質を保有することにあると理解できるかもしれない。
 陳列と頒布の法定刑は同一であるものの、陳列ないし頒布行為の内容による、わいせつ図画等の社会への流出の程度等法益侵害の程度等により具体的な行為の情状等は当然異なってくるものと考えられる。

 このように、陳列と頒布の差違を「頒布を受けた者が自由にそれを閲覧し、また再頒布できる」という特質の有無に着眼すると、別の論理が生まれてくる。
 それは送受信されるファイルの種類、構造と、それによる再現の難易性である。

 受信されたファイルを例えば、ダブルクリックするだけで、再現可能なファイルのような場合(A)には「頒布」と擬律し、それ以上の特別な知識と能力がなければ再現困難なような場合(B)には、「頒布を受けた者が自由にそれを閲覧し、また再頒布できる」という特質が欠落しているものとして、「陳列」と擬律することも理論的には可能かも知れない。

 この考え方に従えば、「再現するために求められる特別な知識と能力」の一般への浸透の程度等により、従来、「陳列」と評価されていたものが、「頒布」と評価されるに至ることがあることを認めることとなる。

四 わいせつ画像貼り付けHPのブラウザによる閲覧など

1 通常、一般の人がHPを閲覧する場合、当該HPにアクセスすることにより、当該HPを構成する各種ファイルがダウンロードされて、閲覧者のPC内の特定のフォルダに保存され、当該保存された各種ファイルをブラウザという閲覧者のPCにらインストールされているプログラムが閲覧者のPCの画面上に表示することとなる。
 このようにして閲覧者は他人の作成したHPを閲覧することとなる。

2 1記載のとおり他人のHPにアクセスするだけで、当該HPを構成する各種ファイルを自己のPC内にダウンロードしている。
 しかし、PCについての、若干の知識もない、人では
イ その保存されたファイルの所在はわからない。
ロ 仮にそのダウンロードされたファイルを発見したとして、通常のPCの設定では、例えば当該画像ファイルをダブルクリックして閲覧しょうとした場合、PCから「システム上、問題はないのか」、「本当に実行するのか」というような警告メーセージが表示される場合が多い。
ハ 要するに、HPにアクセスすることによりダウンロードされたファイルを閲覧する等当該ファイルをコントロールすることについては、若干のPCの知識が要求されるわけである。 

3 仮に、前記三記載の論理を採用し、かつ2記載のような若干のPC知識が要求されることを持って、前記三記載の「特別な知識と能力」であるとすれば、わいせつ画像等のアップロード行為は、「陳列」と評価、判断されることとなる。

 このように仮に「陳列」と評価される者の行為であったとしても、若干のPC知識を持った閲覧者は簡単に当該わいせつ画像ファイルをコントロール可能な形でダウンロード可能であるが、HP作成者には「頒布行為」が欠落している。「頒布準備行為」はあったとしても「頒布行為」は存在しないこととなる。

五 陳列と頒布の識別基準

 以上のような論理を前提とすれば、イ HPへの貼り付け行為=陳列行為  ロ メール添付による画像送信など=頒布行為 と評価されることとなる。

 この結論はネットの特性ということを捨象した常識的な感覚に適合するかもしれない。

(蛇足-
 本稿のような議論に意味があるのか否かはわからない。しかし、ネット社会の浸透による既存概念の変容ないし変容の可能性については、日々、検討しておく必要がある。)

3 「もの」概念と現行法解釈

一 刑法所定の「わいせつ物」
  
  有体物という限定を放棄か。

二 児童ポルノ禁止法所定の「児童ポルノ」 

  有体物という限定、維持か。
  上記大阪高裁判決の判示のとおり、条文の文理解釈による限定的解釈か。

三 刑法の場合、単に「わいせつな文書、図画その他の物」と条文上規定され、例示規定がないことから、 児童ポルノの場合のような限定解釈から解放される余地があるか。

 いずれにせよ、ネット社会と刑罰法規との間に乖離が推測されるものである。

投稿者 bentenkozo : 09:49 | コメント (0) | トラックバック(0)

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